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オリジンを探す。古くて新しい、ディープな“コーラ愛”の結実/伊良コーラ コーラ小林

クラフトコーラ専門メーカーを営むコーラ小林さんがコーラに魅了されたのは大学生のとき。当時は、まさか自分がコーラを作るとは想像もしていなかったというが、あるとき偶然見つけた100年以上前のレシピをもとにオリジナルコーラを完成させる。それは幼少期や大学時代の経験と、ディープな“コーラ愛”の結実なのだ。

コーラはロマンだ!




「コーラってロマンのある飲み物だと思うんです。というのも、以前、フィリピンのNGOでインターンシップをしていたことがあるのですが、バラック小屋が建ち並ぶような山奥の集落にもコーラを配送するトラックが走っていたんですよ。牛乳やオレンジジュースだったら分かるけれど、こんな得体の知れない飲み物が、こんな未開の地で売られているなんて、その当時はとても不思議に思っていた」

この疑問はコーラ小林さんのなかでずっとくすぶり続けていたという。やがて、コーラの歴史を紐解いていくにしたがって理解が深まり、いつしかこの“得体の知れない飲み物”にロマンを感じ始める。自分でコーラを作ろう──そう考えるようになったのはこのときだ。

「昔から偏頭痛持ちだったんです。そんなときに『カフェインが入っている飲み物は偏頭痛にいい』って知ったんですよ。緑茶やコーヒーなど、いろいろ試していたのですが、なかでもコーラが自分にいちばんマッチした。特にお酒を飲むと必ず頭が痛くなっていたので、飲みにいくとラムコークとかマリブコークとか、コーラが入っているお酒を注文するようになったんです」

今や自他ともに認めるコーラマニアだが、高校までは“普通に”コーラを飲んでいただけだったという。コーラにハマるようになったのは大学の頃と、意外にも遅い。そして、もともとコーラが頭痛の薬として誕生したという歴史的事実や、コーラ小林さんの祖父が和漢方の職人だったという、さまざまな“点”が自身のなかでつながり、次第にコーラが好きになっていった。

のちのコーラ作りにもつながる、自然との触れ合い






東京・下落合。今も自然が残るこの穏やかな街に、コーラ小林さんは生まれ育った。近所では祖父が和漢方を製造する工房を営んでいた。工房の名は伊良葯工(いよしやっこう)。伊良コーラは、祖父が営んでいた工房の名を継いだものだ。幼少期は近所の公園でザリガニ釣りや昆虫採集を楽しみ、ときには祖父の工房で和漢方作りを手伝っていたという。好奇心旺盛な子どもで、好きなことは全部自然のなかにあった。子どもながらに生薬に興味を抱いたのも、本人にとっては自然な流れだった。



「でも、中学生、高校生になるとサッカーやバスケットが上手い男子がモテるし、バンドをやっているヤツがモテるじゃないですか。子どもの頃であれば、虫をたくさん獲れたらヒーローだったけれど、例えば中学で虫ばかり獲っていたらヒーローではないし、変な感じになりますよね(笑)。だからそんなことに興味を持っていることを隠していたんです。次第に、あれだけ好きだったことなのに、全然好きではなかったかのように忘れていったんですよ」

そんな、自分の興味とは全く別のことをやり続けている状況が一変したのは、大学進学のときだ。コーラ小林さんは北海道にある大学の農学部に進学。「学部によってモテるとかモテないって、あまりないですからね」と、若い頃ならではの感情を振り返るが、だからこそ自分が好きな方向をシンプルに選べたのだともいう。

「フィールドワークをやりかったんですよ。でも大学は札幌の中心で、入学後はすっかり遊んでしまい成績が悪くて。結果、希望は叶わず、興味のなかった実験をやる研究室に配属されることになったんです。キャベツに付く青虫に感染するウイルスのDNAの研究で。毎日シャーレのなかの培養された菌を解析していたりして、とにかくしんどかったですね(笑)ただ、この頃に学んだ研究の手法がコーラ作りにとても役立っていることを日々感じています。」

ファンからマニア、そしてコーラ“職人”へ


コーラを好きになるのはこの頃だ。その大学時代には休学して頻繁に海外に出かけ、卒業後は大学院にも進むが、その間にも世界各国を旅している。最大の目的は魚釣り。そして渡航先では、釣りの合間に必ず現地のコーラを楽しんだ。一方、大学院では西表島周辺の海を研究する研究室に入り、フィールドワークを自分なりに満足行くまでやり切った感覚を得る。やがて研究の世界からは離れ、“アイデアを形にする仕事”がしたいと考えるようになり、大学院を出てからは広告代理店に就職。コーラの歴史的背景を本格的に調べるようになる。

「このとき、100年以上前のコーラレシピを偶然に発見したんです。すぐに各種スパイスを近所の輸入食品店で購入して、自宅の小さなフライパンで作り始めましたね。でも、味はコーラっぽいのですが『コカ・コーラ』には遠く及ばないものだったんです。やはり『コカ・コーラ』はすべてのコーラのオリジンですからね。その味を、天然の材料で再現したくなりましたね」



“天然のコーラ”を作る──コーラ小林さんの心は炭酸の泡のようにふつふつと弾ける。広告代理店での仕事を終え、深夜12時に帰宅してからの時間はコーラ作りに費やした。材料の配合を変え、煮詰める時間を調整するなど、試行錯誤を繰り返し、約3年の歳月を経てようやくオリジナルのクラフトコーラを完成させる。その味わいは会社の同僚からも好評を博し、すぐさま販売するためのアクションを起こした。

「最初はできる限り会社の仕事と並行しようと思っていたんです。でも、平日の昼間は会社の仕事をして、夜は週末の出店に向けて仕込む作業。4カ月くらい続けたとき、このままではどちらの仕事でも最高のパフォーマンスを発揮するのはもう無理だと思いましたね」

会社を辞めるときの不安は一切なかったというコーラ小林さん。むしろ「これからはコーラひと筋」という強い意志を持って始めたクラフトコーラの製造・販売という仕事は、伊良コーラを楽しむたくさんの人々と同様、彼を最高にハッピーなマインドにしている。



textタケイシユーゾー(編集部)

  • photo下城英悟(GREEN HOUSE)


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